
【Gloria Estefan & Miami Sound Machine - conga】
この曲は ラテン系ポップスとして世界的に大ヒットした
グロリア・エステファンの出世作。
音を聞いてるだけでも楽しい、けど この映像を見たら更に楽しい、
これぞ、まさしくラテン系!。
グロリアはキューバ生まれのアメリカ人。
グロリアが生まれた当時、グロリアの父は
キューバ大統領フルゲンチオバチスタの妻のボディガードをしていた。
1959年のカストロによる新しい共産主義政府の擁立に
彼女の父は反カストロを掲げ、ゲリラ「反革命傭兵軍」として活動、
その結果、かの
ピックス湾事件の際に捕らえられ、キューバ政府の捕虜となった。
その後ケネディ大統領による 政府間の捕虜交換交渉により開放され
グロリアたち一家は ほうほうのていでマイアミへ移住した。
彼女は当時 まだ16ヵ月の赤ちゃんであった。
その後、彼女の父はベトナム戦争に 米陸軍士官として勤めた。
しかしそこで彼は 枯葉剤の影響を多大に受けたようだ。
戦後、多発性硬化症になり、長年、若きグロリアに看護されていたが
1980年に亡くなった。
グロリアは、この父の強い影響を受け、
祖国キューバを愛する、反カストロ派である。
彼女は、ローマ法王の50周年アニバーサリーの際に
世界で初めて招かれたポップス・シンガーとして王庁で歌った。
その際法王に キューバの自由ため祈るように頼んだ。
1990年、ツアー移動中の彼女の乗っていたツアーバスに
大型トレーラーが衝突し、彼女は脊柱破損という重傷を負った。
しかし不屈の彼女は 1年におよぶ厳しい治療・リハビリを経て
完全な回復を成し遂げるのだった。
知れば知るほど、なんともすごい女性である。
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